2017年の4月に「ニコ☆プチ」を卒業するプチモのうち、表紙経験者であるリナ、ハルカ、マユ、ミサキ、ノアの5人が、都内某所にある古びた4畳半の和室に集められた。
今年ニコラに進級する1名を、この中から選抜するため合宿を行うという名目だった。
2017/04/21 23:00
風はいよいよ強くなり、やがて、ふすまがガタガタと音を立てて揺れるようになってきた。遠くでは、かすかに雷鳴も響いている。
時折、風の音に混じって、なんとも不気味としか言いようのない、動物の鳴き声に似た奇妙な音も聞こえてくる。
そのたびにプチモたちは、ビクッと身体を震わせつつ、不安そうにお互い見つめ合うのだった。
「怒ってるだよぉ。ねぇ、怒ってるんだってば」
もともと、極度のビビリであるマユ。沈黙に耐えられず、何か言わなくてはと、たまらず口を開く。
すると、すかさず隣りから声が飛ぶ。
「違うって、まゆたん。あれはただの野良ネコかなんかでしょ」
ハルカ。こんな状況でも、いたって普段どおり、事務的にマユを否定する。
「で、でも…。なんか、人の声みたいじゃん。まゆたん、怖いよぉ」
ぶるぶる体を震わつつ、今にも泣き出しそうなマユ。
と、ここで。
「さしねっ!!」(「うるさい」の意味)
この狭い四畳半の部屋に、津軽弁が響く。
どちらかというと、ひそひそ小声でやりとりしていたハルカもマユも、ハッとしたように両手で口を押えると、揃って、その声の主を見つめる。
「外の動きが聞こえないよ。ハルカも、マユも、ちょっと黙ってて」
この場にいる4人のプチモの中でも、ひときわ身長が高く、スタイル抜群。透き通るような真っ白な肌に、真ん丸の顔。表紙回数も1番多く、ニコラ行きに最も近いとされるリナが怒っていた。
「りー、ごめん。。。」
しゅんと静かになった2人を確認すると、満足したようにうなずきつつ、右手で口元にべっとり付いた真っ赤な血を拭うと、再び外の動きに耳をすませるリナだった。
23:15
≪ズシン ズシン ズシン≫
やがて、地響きのような怖ろしい音が、どこからともなく伝わってくる。音量こそ小さいが、腹の底にまで響いてくる感じで、なんとも気持ち悪い。
と、ここでリナ。待ってましたとばかり、パッと伏せ、そのまま畳に押し付けるようにして、右の耳を当てる。
その厚みのあるぷっくりほっぺが邪魔して、なかなか耳が畳に届かないのはご愛嬌。
そんなリナの行動を、ハルカとマユは固唾を呑んでうかがう。
マユは、自分と同類のドンくささを持つとばかり思っていたリナの、意外な素早い動きに感心すると同時に、「でも床に耳ついてないじゃん!」とツッコもうとしたが、また怒られると思い、口に出さずに飲み込んだ。
ややあって、リナは顔を上げる。そして、みんなを安心させるようにそれぞれの顔を交互に見やって。
「うん、大丈夫。まだ"アイツ”は、そんな近くには来てないみたい」
ハルカとマユは、これを聞いて同時に安堵のため息をもらすのだった、
23:22
「ねーねー、ハルカ。まゆたんたち、やっぱり間違ってたんじゃないかなぁ?」
しばらくの沈黙が続いた後、再びマユが遠慮がちに口を開く。
すると、これにいち早く反応したのはリナだった。
「何へてらば!」(何言ってんの?の意味)」
続けて。
「おらだぢの何が間違っでだど?」(わたしたちの何が間違ってたっていうの?の意味)
リナのそのものすごい剣幕と、聞いたことのない方言に気おされつつ、それでもマユは、思い切って反論してみる。
「でも・・・でもね。こんなことになっちゃったんだよ。こんな、こんなひどい―――」
と、ここでマユの大きな瞳から、思いがけず大粒の涙がこぼれ落ちた。
「まゆたんたちが、ニコラ行きを争って。私が、私がって。それで、みんなで足の引っ張り合いみたいなことになって。もし、そんなことしなかったら。みんなで仲良く卒業できたなら。こんなことには・・・こんなことには・・・」
対して、リナは無表情のまま。その目には、何の感情も浮かんでいない。
すると、次の瞬間、意外なところから声が飛ぶ。
「そんなことないっ!」
唐突に、ハルカが割って入ってきた。
「あのね、ハルね。今だから言うけど、っていうか、こんな状況だから言うけどね」
険悪になりつつあったリナとマユは、不意を突かれたように、ハルカを返り見る。
「実はね、ハル、案外これでよかったと思ってる」
「ハルカ?」
アイドルグループふわふわのセンターに定着して以来、めったにニコプチの撮影に来なくなったハルカ。たまに来たとしても、他のプチモ相手にすっかり自分の意見や気持ちを出さないタイプになったハルカの、その意外な自己主張に、リナとマユは少々驚いていた。
しかし、そんな2人の様子にかまわず、ハルカは続ける。
「あのね、ハルね。生まれて初めて、自分の意思で行動できたの。自分のやりたいことを自分で決めて。原宿駅前パーティーズの事務所内でのオリジナルメンバー選考に参加して、合格して、ふわふわになって、センターにも選んでもらって。それとは別に、女優のお仕事も経験して。ニコプチモデルとしてのハルじゃなく、アイドルとしてのハル。女優としてのハル。この1年、うん。すっごい充実感。それに、ねっ?」
ハルカは、この狭い部屋の壁にかかっているカレンダーに目を移す。自然と、2人もハルカの視線の先を追う。
そこには、日めくりのカレンダーがあり、数字は大きく「21(木)」とあった。
「それにね、もうすぐ6月号の発売だもん」
そう。
今日は4月21日。カレンダーの隣り、振り子の付いた古びた柱時計は、夜の11時25分を指している。
つまり、あと35分で日が明けて22日―――ニコラ行きが発表される、ニコプチ6月号の発売日となるのだ。
ここで、ハルカの目が暗く光る。
「そうすれば、ハルたち新中2組は、完全に卒業。もう、誰がなんと言おうと、中2プチモは揃ってみんなで卒業できるんだもん!」
そう言うハルカの表情は、いつのまにか自信と確信に満ち溢れていた。
これに、すかさず。
「んだな。たしかにハルカの言うとおり」
「そうだよ。まゆたんたち、卒業できる! ううん、今こそみんなで卒業しなくちゃいけない。だからハルカ。もうこれ以上、喋らないで。ハルカは、すでにずいぶんと血を失ってるんだから」
リナとマユが、ハルカに賛同の意を示す。
先ほどまでの険悪な空気をよそに、目をキラキラさせ、手を取り合わんばかりに盛り上がるハルカとリナ、そしてマユ。
しかし、部屋の片隅でひとり、そんなやりとりを、すっかり冷めた気持ちで眺めていたミサキは思う。
ハルカの首筋に、ポツポツと開いた2つの小さな穴と、そこからとめどなく流れ続ける真っ赤な血は、いったいどうなっているのだろうか、と。
そして、誰にも聞こえない声でつぶやく。
「これから、きっと怖ろしいことが起こる」
23:29
≪トントントン≫
ふすまをノックする音。4人が、いっせいにビクッと体を震わせ、顔を上げる。
「だ・・・誰?」
「わがらね」
「こんな時間に?」
ノックがやむと、間髪入れず。
「♪ ね〜え〜時間は巻き戻せないけど〜」
美しい歌声が聞こえてきた。廊下に誰かいる。ふすまの前に立って、JYの「好きな人がいること」を歌っているのだった。
そして、この声には誰もが聞き覚えがあった。
「リンリンだ!」
歌手として、真っ先にハルカが反応した
すると、これに答えるように。
『はい! リンちゃんですっ☆』
嵐の深夜。この状況に似つかわしくない、あまりにも可愛らしい声が外から聞こえてきた。
続けて。
『リンちゃんわぁ、プチモの先輩がたが、大、大、だ〜い好きだからぁ』
「だから?」
『みなさんの卒業が、めちゃめちゃ悲しいのです』
少々の間。
「リンリンだ!」
と再びハルカ。
これにマユも同意して。
「うん、リンちゃんだね」
しかし、ミサキはどこまでも冷静だった。
「ねぇ。ハルカもマユも、ちょっと落ち着いて。冷静に考えてみてよ。リンちゃんは、愛知県に住んでんのよ。しかも新中1。知ってるでしょ。それがこんな嵐の中、深夜の都下の寂れた日本家屋の一戸建ての、うちらの合宿部屋の廊下にいる? いるわけないっしょ。あんたたち、頭おかしいんじゃない?」
相変わらず言葉はキツイが、的を射ていることは確かである。
「しっかりしてよ、もう。特に、りー。あんたは、いちおうリーダーなんだから」
ミサキは、「いちおう」のところを強調しつつ、先ほどからすっかり黙っているリナを責める。
痛いところを突かれ、小さくなるリナをよそに、それでもハルカは、あきらめきれず、駄々っ子のように食い下がる。
「でも・・・。でも、あの声はリンリンだよ。だってハル、ニコプチインスタで、リンリンが歌ってるの見たもん!」
すると―――
『りんちゃんも、みなさんのお部屋の中に入れてください』
今度は、中に向かって、ふすまを開けるよう、呼びかけてくる。
「うん。間違いない」
これを聞いて、ついにハルカが行動に出る。
「ハルカ、ダメっ!」
ミサキの制止も聞かず、ハルカは自慢のすばしっこさで、パッとふすまに走り寄ると、そのまま手をかける。
「リンちゃん?」
と、ほんの少しだけ。それこそ数センチ、ふすまが開いたその瞬間。
毛むくじゃらで、昆虫のように節のある、巨大で鋭利なカギ爪が、わずか開いた隙間の上部から、ちゅうちょ無くハルカに向かって振り下ろされたのだ。
そして次の瞬間、ハルカの首筋はカギ爪によって切り裂かれ、あたり一面に真っ赤な鮮血が飛び散る。
さらに爪は、再び振り上げられ、今度は畳に倒れた、ハルカのぽっこりおなかに巻きつくようにして絡むと、あっというまにその体を部屋の外に引きずり出していった。
全ては一瞬だった。
この一連の出来事にあっけにとられ、なんの行動もとれなかった3人。
やがて、最初に気を取り戻したミサキが、ふすまに飛びつき、そのまま思いっきりピシャッと閉める。
再び静寂が戻ったところで、ミサキ。
「いくら動物大好きなうちでも、ああいうのはさすがに無理・・・」
23:40
「ハルカがハルカが・・・」
マユが絶望的な声で言う。
対してリナは、すっかり人が変わったように何かブツブツとつぶやいている。
「あと20分。あと20分で日が明ける。あと20分で・・・」
これを聞いたマユ。
さすがに、リナにかすかな反発を覚え、鋭い視線を送る。
そんな視線を気にせず、リナは続ける。
「そうすれば、ニコプチを卒業できる―――ニコラさ行げる!!」
ここまで聞いてマユ。ついにがまんでなくなって。
「でも、ハルカは? ノアは? 他のみんなは?」
リナに詰め寄る。
しかしリナは、もはやマユの声など聞こえていないかのように、呪文を唱え続けるのだった。
「ニコラサイゲル、ニコラサイゲル、ニコラサイゲル」
23:45
と、そのとき。
すうっと、なにやら初春の荒天の夜とは思えない生温かい風が、部屋を吹き抜けたような気がした。
3人は、反射的にビクッと背筋を伸ばす。
「ねぇ。今の風、どこから?」
恐る恐るマユが、縋るようにミサキに向かって尋ねる。
もはや、今この部屋で頼れるのはミサキだけである。
「あそこ」
相変わらず、そっけない。
表情を変えず、ミサキは指さす。
「押入れからみたい」
そこは、部屋の隅っこにある古くて汚らしい押入れ。
見ると、1cmほど隙間が開いていて、そこから風が吹き込んでいるようだ。
するとここで、何かに取り憑かれたかのように、マユがふわっと腰を浮かせる。
「ひょっとして、あの中に、あの中に…」
まるで、吸い寄せられるかのように、ふらふらと押入れに向かうマユ。
「やめて! マユ、待って!!」
ミサキが鋭い声で制止するも、すでにマユの手は、押入れの取っ手にかかっていた。
「待ってってば!!」
もはやミサキの声はマユの耳に届かない。
「うん、間違いない」
そのままパッと戸を引くと―――
≪ゴォーッ≫
一気に、奥からものすごい突風が部屋に吹き込んで来ると同時に、押入れの中は、床が無くなっていて、床があるべき部分は、ただただ真っ黒の空間になっていた。
そして次の瞬間。なにか得体の知れないものが、ゆっくりゆっくりと、闇の底から頭を覗かせてくる。
「ひっ・・・ひぃぃ」
マユは小さな悲鳴を漏らすと、急いでこの場を離れようとするが、足がもつれ、おなじみのどんくささ炸裂。ドスンと尻もちをついてしまう。
すると、押入れの闇から這い上がってきた怪物は、ムカデのようにたくさんある足で、恐怖で動けないマユの身体を、しっかり捕らえた。
「うげっ」
マユの喉から奇妙な音が漏れ、たちまち顔が鬱血する。
「ゲホッ!ゲホッ!」
苦しそうに咳き込むマユ。
「マユ!」
さすがのミサキも、叫ぶ以外なすすべなく、その場を一歩も動くことは出来なかった。
そのまま、怪物にずるずると引きずられて、ゆっくりと押入れの底に消えていくマユの姿を、ただただ見つめるだけだった。
「ニコラニイケル ニコラニイケル ニコラニイケル」
23:52
2人が消えて、再び部屋に沈黙が訪れた。残っているのは、呪文の少女とミサキ、そして1つの死体だけ。
「ノア、ハルカ、そしてマユ。・・・ごめん」
ミサキは、畳に身を投げ出して、静かに泣き出した。
「うちが、みんなを守れなかったばっかりに。うちのせいだ。ぜんぶ、ぜんぶ…」
静寂の訪れた部屋。ここで初めてミサキの瞳から涙が零れ落ちた。
見た目は強気そうで、口は悪くても、実は誰よりも責任感が強く、友達想いの優しい女の子なのである。
と、次の瞬間。
「ニコラニイケル ニコラニイケル ニコラニイケル」
ミサキは背後から、低いリナの声が近づいてくるのが聞こえたような気がした。
24:00
≪ボーン ボーン≫
一切の音の消えた部屋で、柱時計が不気味な音を立てる。
「あれっ!?」
リナは、これを機に覚醒する。
どうやら、うとうとまどろんでいたようだ。
「ああ。ついに、6月号が発売されたんだ」
すると、ここでリナ。
初めて気づいたといった感じで、目の前に後頭部から血を流して横たわるミサキを見つめる。
続いて、部屋の隅で冷たくなっているノアに視線を移す。
「おめでとう、ミサキ。そしてノア。わたしたち、ついに卒業したんだよ。聞こえてる? わたちたち、卒業できたんだよ」
もはやピクリとも動かない2人を残し、リナは、不敵な笑みを浮かべつつ、ゆっくりと、ふすまに向かって歩き出す。
「ハルカとマユは、卒業できなかった。でも、わたしとミサキとノアは卒業できる。ここを出て行くの。もう、どこにだって行けるんだ。ニコラへだって、セブンティーンへだって、ポップティーンにだって」
そっと、ふすまに手をかける。
「ああ、なんて静かなんだろう」
ふすまは、すっと音もなく開いた。
リナは、外を眺め目を細める。
4月の深夜。
凍えるような冷たい月の光が、暗い部屋の中に差し込んできた。
【おわり】
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