小説プチモ物語


まゆたんプチモへの道!

西川がプチモになりたいと思ったのは、9歳のときに端役(はやく)で出演したTBSドラマ「明日の光をつかめ2」の撮影現場で会った、当時のニコプチのトップモデル西野実見(当時は西栞姓)の影響が大きいと本人が語っている。

たった1人の専属モデルの働きで、その雑誌の売り上げが左右されることもあるという事実に、やりがいと責任を感じた小学生の西川は、プチモに憧れ、やがて新宿は矢来町の新潮社本館ビルに入るニコプチ編集部を訪れる。

すると、そこにたまたま居合(いあ)わせ、手の離せない大人たちに代わり対応してくれた現役プチモが優しい人だったので、西川は次のようなアドバイスをもらうことができた。



西川「おばちゃん、だぁれ??」

野々村「いちおうトップモデルだよ〜」

西川「まあいいや。あのね、まゆたん、ニコプチになりたいんだ♪」

野々村「あら坊(ぼう)や。プチモはね、自分から志願してくる子は採用しないことを覚えとくといいわ。プチモになりたいのなら、まずは大学にきちんと進学することね」

西川「ほぇ〜!? ダ・イ・ガ・ク? じゃあ、まゆたんは、どこのダイガクで、どんなこと、お勉強したらいいの?」

野々村「そうね。やっぱり専攻は法律かな。それも、どうせ学ぶなら本場の海外ね。でね、しばらく待ってると、あとは編集部の方から、きっと自然と誘いが来るはずよ」

西川「ふ〜ん」



以来、西川の猛(もう)勉強の日々が始まった。

これまで、公園のベンチで日がな一日、愛読書『日本人の名字と家紋1000』ばかり眺(なが)めて、ぼんやりと過ごしていた西川が、突然、人が変わったように勉強するようになったのも、ひとえに「プチモになりたい!」という一心からだった。





あれから、数年後。

西川の姿が、ソビエト連邦(現在のロシア)のワシリー島にあった。

努力が実り、かの国における最難関校の1つとされる、レニングラード国立大学(現在のサンクトペテルブルク大学)法学部に入学を果たしたのだ。

そして、さらに時は過ぎて3年次の春。

西川にとって、人生の転機となる運命の日が、ついに訪れる。

かつて若き日に、件(くだん)の2世タレントから教えてもらった通り、ある日ふいに「ちょっとお話を伺(うかが)いたいんですが…」と、はるばる日本からやって来たおしゃれハンター氏によるプローチがあったのだ。

スカウトである。





こうして、数年越しの夢が叶い、念願のプチモになることが決まった西川は、卒業を待たずに急遽(きゅうきょ)帰国。

2014年12月号でプチモデビューを果たすと、すぐにニコプチ誌上で頭角をあらわし、瞬(またたく)く間に同誌の次期エース候補6〜7番手にまで上り詰めたのだった。(了)